境内案内

比叡山延暦寺

 「延暦寺」とは、比叡山の山内に点在する約150ほどの堂塔の総称です。
 比叡山上は東の「東塔[とうどう]」、西の「西塔[さいとう]」、北の「横川[よかわ]」の三地域に分かれ、その全てを延暦寺と呼びます。各塔にはそれぞれ中心となる仏堂がありこれを「中堂」と呼んでいますが、その総本堂となるのは、東塔にある「根本中堂[こんぽんちゅうどう]」です。
 延暦寺は京都の鬼門(東北の方角)に位置するため、桓武天皇が国をまもる鎮護寺とされたことから1200余年、その法灯は守られてきました。
 現在も、天下泰平・五穀豊穣・世界平和など全世界と国民の安泰を願い、根本中堂で毎日祈祷が行われています。

東 塔

 東塔は延暦寺発祥の地であり、本堂にあたる根本中堂を中心とする区域です。
 伝教大師・最澄が延暦寺を開いた場所であり、総本堂・根本中堂をはじめ大講堂、法華総持院東塔・阿弥陀堂・文殊楼などの重要な堂宇が集まっています。

根本中堂

 延暦寺の総本堂。建物は国宝で、廻廊は国重要文化財に指定されています。本尊は薬師如来です。
 伝教大師・最澄が延暦7年(788)に創建した一乗止観院[いちじょうしかんいん]が元になります。その後何度も災害に遭いましたが、復興の度に規模が大きくなり、現在の姿は徳川家光公の命で寛永19年(1642)に竣工されたものです。ご本尊の前には、1200年間灯り続けている「不滅の法灯」が安置されています。常に火が消えぬように油をきらさぬようにと心がけるその心持は、「油断大敵」の語源になったといわれています。最澄が不滅の法灯を灯された時「明らけく後の佛の御代までも光伝えよ法の燈火」と詠まれた歌が『新拾遺和歌集』に残っています。

大講堂

 昭和39年(1964)に山麓坂本の讃仏堂を移築したものです。本尊は大日如来です。
 僧侶が法華経の講義を聴いたり、お互いに問答をして勉強する学問修行の道場。傳教大師・慈覚大師・智証大師をはじめ、良忍(融通念佛宗)、法然(浄土宗)、栄西(臨済宗)、親鸞(浄土真宗)、道元(曹洞宗)、日蓮(日蓮宗)、一遍(時宗)鎌倉時代に延暦寺で学び一宗一派を築いた祖師方の木像が並び、比叡山が仏教の母山と呼ばれるゆえんを実感できる場所です。

文珠楼

 根本中堂の前にある石段を上ったところにあります。延暦寺の総門の役目を果たす重要な楼門です。徒歩で本坂を登ってくると、まずこの門をくぐることになります。
 慈覚大師円仁が中国五台山の文殊菩薩堂に倣って創建したものですが、寛文8年(1668)に焼け、その後建てられたのが現建築です。文殊菩薩が祀られ、受験生の合格祈願に人気があります。
平成6年(1994)にはユネスコ世界文化遺産に登録。比叡山の美しい自然環境の中で守られてきた1200年の歴史と伝統が、世界に高い評価をうけることになりました。

法華総持院東塔

 昭和55年に阿弥陀堂の横に再興されました。伝教大師・最澄は日本全国に6か所の宝塔を建て、日本を護る計画をされましたが、その中心の役割をするのがこの東塔になります。
 本尊は大日如来をはじめとする五智如来が祀られており、塔の上層部には仏舎利と法華経が安置されています。

阿弥陀堂

 昭和12年(1937)に建立された、減罪回向の道場です。本尊は丈六の阿弥陀如来です。一般の方々の回向法要も行われます。

無動寺谷

 東塔の南に位置する無動寺谷と呼ばれる場所には、千日回峰行が発祥した「明王堂」や比叡山三大弁天の一つ「無動寺弁天堂」があり、多くの信者が訪れます。

比叡山国宝殿

 宗祖伝教大師の直筆をはじめ、仏像、仏画、書跡、美術工芸品など、数多くの国宝・重要文化財などを所蔵しています。参拝者の皆さまに、延暦寺の歴史の一端に触れていただくことを目的に、寺宝数百点の中から選び抜いたものを適宣入れ替えながら展示しています。

延暦寺会館

 宿坊「延暦寺会館」では参拝者のくつろぎ場として、食事、喫茶、宿泊サービスをご提供しています。また写経や坐禅のプチ修行体験(要予約)ができます。